親の介護認定で気づいた。「できる」だけでは生活の実態は伝わらない

親の介護認定で気づいた。「できる」だけでは生活の実態は伝わらない

前回の記事(親の介護は、ある日突然始まる。50代のおっさんが最初にやったこと)では、父の要介護認定が「最初の結果」と「家族が感じていた実態」とで少し差があったこと、家族も同席して状況を伝え直したことで実態に近い認定につながったことを、簡単に紹介しました。

今回は、そのときに実際に何を考え、何をしたのかを、もう少し詳しく振り返ってみようと思います。

「まだ大丈夫」だと思っていた

80代の両親は、長年住み慣れた自宅で二人暮らしをしていました。年齢を考えれば体力は落ちていたものの、二人で支え合いながら生活できていました。だから、介護はまだ少し先の話だと思っていました。

しかし、家族の病気をきっかけに状況が変わりました。「もし、今までのように二人で支え合えなくなったら」。そんなことを現実的に考えなければならなくなったのです。

そこで、まず利用できる介護サービスを調べることにしました。そのために必要だったのが、要支援・要介護認定でした。

何も知らなかったので、まず介護の仕組みを学んだ

正直なところ、この時点では要介護認定についてもよく分かっていませんでした。要支援1と要介護2では何が違うのか。認定されると、どんなサービスが使えるのか。ケアマネジャーとは何をしてくれる人なのか。

「とりあえず申請すればいいのだろう」。最初はその程度の理解でした。

そこで、『マンガでわかる介護入門』を読んで、まず介護の全体像を把握することにしました。

本を読んでいて印象に残ったのが、要介護認定では、本人が実際よりも元気に振る舞ってしまうことがあるという話でした。「自分はまだ大丈夫」「これくらいできる」。高齢の親にとって、「できない」と認めることは簡単ではないのだろう。その時は、なるほどと思いました。

しかし、その後、おっさん自身がまさに同じ経験をすることになります。

最初の認定結果に違和感があった

認定調査を受けた結果、実際の生活状況に比べると、軽めの区分の認定でした。しかし、家族として普段の生活を見ていると、その認定には違和感がありました。

実際には、日常生活の中で家族の支援が必要な場面がある。見守りが必要なことがある。一人では難しいことがある。それでも、本人は調査の場では、「できます」「大丈夫です」と答えていました。

本人からすれば、嘘をついているわけではないと思います。調査員の前で「できるか」と聞かれれば、たまにできること、条件が整えばできることも「できる」と答えてしまうのかもしれません。あるいは、長年自分でやってきたことだからこそ、「できない」とは言いたくなかったのではないか。そんな風に感じました。

ここで、あの本に書いてあったことを思い出しました。認定調査は限られた時間の中での聞き取りが中心となるため、本人が「できる」と答えた内容について、どこまで実態を掘り下げて確認できるかには限界があると言われています。その結果、実際の生活より軽い認定になってしまうことがあると、介護の現場や専門家の間ではよく指摘されているようです。

ただし、認定は一次判定だけで決まるわけではなく、二次判定では調査員が残した「特記事項」や主治医の「主治医意見書」の内容をもとに、一次判定の結果が補正される仕組みもあります。だからこそ、本人の回答だけでは伝わりにくい生活の実態を、家族がどう伝えるかが重要になってくるのだと思います。

でも、本人の前で「できない」と言うのも違うと思った

では、家族が横から、「いや、それは一人ではできません」「普段は私たちが手伝っています」と言えばいいのでしょうか。おっさんは、それにも少し抵抗がありました。

本人の前で、できないことを一つずつ指摘する。それは、必要な手続きのためとはいえ、本人のプライドを傷つける可能性があります。特に父の場合、長年自分のことは自分でやってきた人でした。「できません」と家族に代わって言われることを、どう感じるだろうか。

そこで、『マンガでわかる介護入門』を参考に、次のような方法を試すことにしました。

母から「実際に困っていること」を聞き取った

父の生活を一番近くで見ていたのは、母でした。そこで母から、普段の生活で、父が実際には一人では難しいことは何かを聞き取ることにしました。

重要なのは、「何ができないか」だけではありませんでした。

  • 本人だけならできるが、見守りが必要なこと
  • 家族が準備しているからできていること
  • 毎日ではないが、失敗や危険につながることがあること
  • 以前はできていたが、最近は難しくなっていること

こうしたことも含めて整理しました。この作業をしてみて、初めて、「本人は一人で生活している」のではなく、「家族の支援によって生活が成り立っている」部分があることが見えてきました。

聞き取った内容をメモにまとめて、調査当日に伝えた

再度認定を受ける際には、本人の前でできないことを指摘するのではなく、家族が事前に生活状況を整理してメモにまとめることにしました。

  • どんなことに困っているのか
  • 誰が支援しているのか
  • 一人になった場合、何が問題になるのか
  • 見守りが必要な場面はあるのか

こうした内容を具体的に書き出し、調査当日に家族が立ち会って、調査員に伝えました。自治体によっては、こうしたメモの活用を家族に案内している例もあるようです。全国共通の書式があるわけではないので、あくまで「自分たちで整理したメモ」という位置づけです。

本人の「できます」という言葉を否定するためではありません。本人の言葉だけでは伝わらない、生活の背景を補足するためです。

結果として、実際の生活に近い認定になった

再度、生活状況を伝えた結果、区分が上がり、より実態に近い、手厚い認定になりました。

もちろん、認定結果が変わった理由を単純に「メモを伝えたから」と言い切ることはできません。認定は本人の状態や調査内容など、さまざまな要素をもとに判断されます。

ただ、少なくともおっさんたち家族としては、本人の「できます」だけではなく、普段の生活を支えている家族の視点も伝えることができたと感じています。そして、この認定によって、その後の介護サービスを考えるための選択肢が広がりました。

おっさんが最初にやってよかったと思うこと

今回の経験を振り返ると、最初にやってよかったのは、「とにかく手続きを進める」ことではありませんでした。

  1. まず介護の全体像を知った: 何も知らないまま手続きをすると、後から「こんな方法があったのか」となる可能性があります。おっさんの場合は、まず入門書を一冊読んだことで、要介護認定、ケアマネジャー、在宅サービスなどの関係が少し見えるようになりました。
  2. 本人だけでなく、家族から生活状況を聞いた: 本人が「大丈夫」と言っていても、毎日生活を見ている家族には違う景色が見えています。特に、夫婦で支え合って生活している場合は、一人になった時に初めて問題が見えることもあります。
  3. 「できないこと」を本人の前で問い詰めなかった: 介護認定は、本人を評価する試験ではありません。それでも本人にとっては、「何ができないか」を確認される場でもあります。だからこそ、本人の尊厳やプライドにも配慮しながら、必要な情報を伝える方法を考えることが大切だと感じました。

「できる」か「できない」かだけでは、生活は測れない

介護認定を経験して感じたのは、できるか、できないかの二択だけでは、その人の生活は見えないということでした。

誰かが準備しているからできる。見守っているからできる。たまにはできるけれど、毎回できるわけではない。以前はできていたけれど、少しずつ難しくなっている。そうした日常の細かい変化を、家族が整理して伝えることにも意味があるのだと思います。

おっさん自身、介護について何も知らないところから始まりました。本を読み、調べ、専門家に相談しながら、一つずつ進めている途中です。

このブログでは、専門家として「正解」を教えるのではなく、親の介護に直面した50代の一人として、実際に何を調べ、どう考え、どんな判断をしたのか。その過程を記録していきたいと思います。

同じように、「そろそろ親の介護について考えなければならないかもしれない」と思っている人の参考になれば幸いです。